古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

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まだまだ終わらない
考察いろいろ。
いろいろ反発もあるかもしれません。
ご気分悪くされたらごめんなさい。

東京暮らしも13年を数え、
さすがに身のうちのエネルギーが枯渇しているように感じる。
去年山梨の山のほうで1週間ほど過ごして、
生き返るような思いをしたので尚更田舎への思いがつのる。

田舎っていうか、山だ。
山っていうか、木と土。
木と土がたたなづく場所で暮らしたい。
身体にも精神にも、
それはとてもいい作用をすると思う。

じゃ山行けば。

てなことができればいいんだけど、
ううう・・・。
前の項でも書いたけど、
都市を離れて古本屋をやるには
それなりの規模の商売じゃないとたぶん無理だろう。
コンパクトな暮らしと商売は都市ならではなのだ。
山の民のような暮らしの技術があるわけじゃないんだから。

じゃ古本屋やめて行けば。

てなことができればいいけど、
ぐぐぐ・・・。
夫婦ともに手に職なんにもないのだ・・・。
免許すらない。
古本屋以外で生活できる自信なし。
チャレンジしろよ!
って、コドモいるからなあ・・・。(オイオイオイ。)
まあホントにホントに、移住するかもしれないけど、
もうしばらくは東京で古本屋です。

もうひとつ、
いなかにはいなかの社会があって、
その中で暮らすのはヘビーだろうと思う。

東京暮らしの気楽さ、
都市の暮らしの気楽さは、
ずばり個人主義に裏打ちされた優しさだと思う。
東京人の優しさ度は押しなべて高い。
というか、だれにも分けへだてなく優しく、分けへだてなく厳しい。個人個人が。
それが田舎との違いだと思う。
どこでどう繋がっているかわからないし。
ネットワークが無限に広がっている東京で、ある場所で暴挙に出た場合、
それがその場では済まなくなるのだ。
だから分けへだてしない。(私だけ?)
暴君はどこでも暴君。押しなべて暴君。
別の顔を使い分けるのがきわめて困難。
だから、優しいほうが何かと暮らしやすい。
お互い優しくして、とりあえずその場をしのぐ。
別に大変なことじゃない。
都市生活者の知恵だ。
あいつはああいうやつだから、なんて庇ってくれる友達や
我慢してくれる親族がいたとしても、
それが万人に通用するわけではないし、
東京は万人が流動する場所だから、
どっかでは通用してもどっかでは総スカンを食らうかもしれない。
だから心臓の強い人は強いなりに、
万人から嫌われても平気、てな顔で生き抜くし、
心臓の弱い人は万人に嫌われないように生きるんだと思う。
そして来るもの拒まず、去るもの追わずなんだと思う。その人なりに。
それが個人主義の一つの性質なんじゃないかと思っている。

実際、日本の中で東京ほどマナーというか、
公衆衛生上のモラルの整っている場所も少ない気がしている。
仙台でも京都でも、
ベビーカーで子連れで電車に乗って、
まず滅多に席を譲られることはなかった。
というかあからさまに嫌な顔をされた事もあるので結構驚いた。
東京では子連れで電車の席の心配をすることはあまりない。
あんまり混んでるときは避けるからラッシュ時は知らないけど、
普通に乗って、たいてい誰かは席を譲ってくれる。
こういう経験を他の都市でしたのは、
あとは大阪だ。
大阪はやはり古くからの商業都市だ。
関西人が優しいなんて嘘だな、と思ったけど、
大阪人は優し~い!と思いましたです。はい。

田舎の人は情が深いと思う。
身内には本当によく付き合うな、というくらいに寛大だ。
それに比べると東京暮らしでは情は希薄だと思う。
広く浅い付き合いになる。
付き合う人数がものすごい数になってしまうので、
気の合う友人も見つけやすいけど、
それも増えすぎていま私はすごいことになっている。
仙台の母の友人付き合いを聞くと、
ずいぶん苛烈だな、と思ってしまうけど、
そこまで付き合いきれるのもすごいなと思う。
話だけ聞いていると私だったらとっくに連絡とらないな、
という友人とも、なんやかやと出かけて行く。

どっちもどっちなんだけど、
いざ小さなコミュニティに外から入り込もうとすれば、
話は違ってくる。

構成メンバーが少なければ、
付き合いが濃厚になるぶん、価値観の統制が自然と起こるように思うんだけど、どうなんだろう。
私は父の転勤に伴って田舎、というか地方都市を転々としていたので、
常に小さなコニュミティにとって外部者だった。
そこには小さな齟齬も許されなかった。
というか、凸凹でもいいけど底辺が一緒じゃなきゃダメ、みたいなかんじ。
うーん。まだうまく言えない。

幼かった、というのもあるかもしれないけど、
中学のとき2年間東京で暮らしてみて、
東京のコドモたちの自由さに感動したのだ。
校風もあったかもしれないけど、
それから仙台の中学に転校したあとの1年間が、
いちばん苦しい学校生活だった。
いじめというかからかいも受けたけど、
その社会の底辺に、
なんとなく暗黙の了解らしきものが働いていて、
それがものすごく排他的で封建的な感じがして、
歯がゆくてムカついたのだった。
影響力のある一人が右向けば全員右、みたいな感じだった。
陰口も結構すごかった。東京の学校ではほとんど聞かなかった。
友達もちゃんといたけどさ。
いなかったら学校行かなかったっしょ。

東京暮らしっていうと、無縁社会とかなんとか、
そいういう辛さを味わうこともあるかもしれない。
でも田舎の人があったかくて優しいわけでもない。
価値にバリエーションが少ない分、
結構びっくりするような思想がまかり通っている。
同和問題もその一つだと思う。

じゅくじゅくに成熟した都市生活に慣れちゃうと、
そういう田舎の頑なさに弾かれるのが容易に想像できて、
逡巡してしまう。
そこに飛び込んでいって、
自然とたたかう生活をする覚悟。
自然の深い田舎では、
コミュニティの団結も必要で、
独りで山道切り開くのはまずムリだし、
バイト雇うったってフリーターでぷらぷらしてる奴なんかいないんだから、
本業とは別にみんなで協力して山を切り開かないと、
植物は強いから人間の集落なんかすぐに飲み込まれちゃう。
アンコールワット遺跡を見よ、だ。

森から離れて、
日本人はずいぶんと楽に暮らしているな、と思う。
森の中で暮らす体力なんかもう育っていないんじゃないか。
砂漠で暮らす体力も、
草原で暮らす体力も、
海上で暮らす体力も、もう無い。
人と人がスクラム組んで自然から飛び出て、
はじめて今の暮らしが成り立つ。
だから人とのつながりはすごく重要になる。
人が多ければ個人の出す力は少なくて済む。
少なければそれなりに力を発揮するしかない。
どこらへんが自分の位置なんだろう。
私は森からだいぶ離れてしまったな。

インターネットが現代社会に与えたショックはそれなりに大きい。
でも、自然は強い。
森も海も草原も砂漠も、
人間ひとりが立ち向かえるものじゃない。
結局は人はスクラムを組み続けなければならない。
その、構成メンバーが、流動的になれば、
もっと精神的には楽になるのかもしれない。

でも、土地土地に脈々と受け継がれる習慣や知恵を無視しては、
自然からものすごいしっぺ返しを食う。
理論は無限に在る情報を淘汰して整理してはじめて成り立つわけで、
淘汰された情報、歴史の中に、
見逃してはならないものがあったりするのだ。
今度の津波なんかまさにそれだと思う。
どこかの町で、高い防波堤を建設しようという計画が持ち上がったとき、
ほとんどの人は、そこまでの高い津波なんかそうそう来るものじゃないんだから
必要ないって意見だったそうだ。
そこにはどこかで、データを解析して情報の取捨選択をしていて、
個々の事例について抽象化する意識が働いている。
でも、実際、大昔にそこまでの津波があったのだそうだ。
未曾有とか言っちゃってるけど、現地の記憶は語り継がれていたのだ。
その防波堤は、今度の津波から町を守ったそうだ。
そういう記憶をつないでいくのも人間だ。
その土地を離れては意味をなさない記憶。
現地の人間でなければ及ばない想像力。

物流の発展と情報社会の進化で、
世界中に似たような町が出現しているというような事が、
ちきりんの日記という人気ブログで書かれていた。

都市で人気のあるものは、
地方でも人気なのだ。
でも、どこでも同じ町なら別にわざわざ行かなくてもいいっしょ、
てなるわけで、
だからやっぱりグローバル化とローカル化は同時に起こらなければ、
人は流動しない。
問題はいま、グローバル化がちょっと先んじていることで、
均質化されてしまったあとで失った土地の記憶を取り戻すことは出来ないってことだ。
再現はできても、それはレプリカで、単なるテーマパークで、
そこに歴史という物語がなければ人を長く惹きつける魅力はない。

石巻という町はいま、
本来はもう少し緩やかになされるはずだったその、
いわばグローカルの波が、
まさしく津波になって押し迫って来ているのだと思う。
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by epsilongstocking | 2011-06-15 21:56

都市とふるぽんにゃ。

石巻在住で、
「本の工房 真羊舎」の日下さんご夫妻のブログ
石巻百景
ツイッタの日下羊一さんのの連続ツイートに触発されて、
わっちもひとつ思っていることをまとめておくざんす。
日下さんのツイートまとめはこっち

復興についてはいろんな人がいろんなことを言って、
例によって声の大きい人か力の強い人の意見が通るんだと思っている。
絶対的な正論なんてないもんね。

私と夫は東京で商売をしていて、
東京以外で商売をしたことがない。
でも夫の実家のある滋賀や、
私の実家のある仙台に行くと、つくづく
この業態は都市を離れてはできないな、
と思う。

勉強不足の私の、勘だけが頼りの考察なので
信用度は低いということを一応お断りいたしますね。

古本屋は、買取がなければ、
つまりお客さんから本をお売りいただけなければ
つぶれる。
つまりは商品が店内を流動しつづけていなければいけない。
常に新しい本が入るからこそ、
お客さんは頻繁に店に足を運んで下さり、
角度を変え置き場所を変え顔つきを変えつづける本と本棚を回遊し、
本とお見合いするのだ。
定番の本もあるにはあるけど、
古本の世界はじつは流行廃りが激しい。
10年前に高値だった本がいまも高値というほうが珍しい。
まあ、老舗の筋金入りの古書店ではなく、
あくまでうちのような中古書店の話ですが。
でも老舗でも買取がなければつぶれるのは同じ。
業者間で取引する市場もあるけど、
入札制度で、町場の本屋に思い切った張り込みは厳しい。
一般に売れる本はみんなが欲しいから、
一般には売れないけど一部には売れる本を扱う業者には
利用しやすいのかもしれない。
よく知らんけど。

ともあれ、買って行かれる本と同じかそれ以上の本が入荷して、
ようやく町場の古本屋は霞食うような暮らしができるのです。
みなさまありがとうございます!
今日も上々堂は元気です!

ということは、買う人と売る人がそれだけいなければ
やっていけないということ。
求める人と手放す人のバランスがとても大事。
ザ・小売、それは古本家業。

でもちいさなカフェ、とか、ちいさなパン屋、とか、
ちいさな雑貨屋、ちいさな洋品店、
とかにも共通するけど、
毎日毎日毎日毎日、同じことだけを繰り返す生活をする人が30人いて、
その人たちだけのために店を開くならまだしも、
それはまずありえないわけで、
多くの人が月に2、3度来店する(これもかなりな頻度だと思うけど。)だけで
その店の家賃を払いバイトさんに給料を払い仕入れ料金を払って、
かつ生活費を稼げるような経営をするとしたら、
ある程度の人口が必要でせう。
コンビニとか八百屋とか生活雑貨屋とかその他専門店とかなら
毎日必要な商品を扱っているんだから
毎日日銭が稼げるけど、
本て、無くても暮らせるからね!
図書館もあるしね!

それにガツガツ稼ぎたいと思ったらガツガツ働かなきゃいかんわけで、
そこそこに暮らせればいいからそこそこに働きたい、
というようなワガママがまかり通るのは、
都市ならではだなあ、と思うのだ。
なんとなく、なんかなあ、って、
ふらふらと街をふらついて、古本屋に寄って、本でも買うかー、
なんて生活を毎日出来る人はすごく少ない。
給料日後の休日を楽しく過ごし、帰りには古本や雑貨を買う、てな一日を、
月に一度の楽しみにしている人のほうがたぶん多い。
それもどうかと思うけども、我が家ももれなくそのクチだ。
(というか月一ペースは無理。)
つまり月一で来てくれるお客さんが1日に50人くらい来店してくださって、
そのうちの半分くらいのお客さんがある程度お買い物してくださって・・・×30日間。
リアルな数だわ。

すてきな雑貨屋にしろ、
趣味的な古本屋にしろ、
ある程度偏りがある小規模販売業は、
ある程度集客の見込める都市に寄生するようにして営まれている。
人口だけでなく、趣味の多様さ、
遊びの感覚に厚みがあるかないか、なんじゃないかと思っている。

てなことを書いていたらまたぱんぱんになっちゃった。

都市と田舎、
それから物流と地産地消、
不動産と動産、
家制度と個人主義、
グローバルとローカルについて、
いろんな対立構造を想定して視点を変えて書いてみたかったのに・・・。

・・・つづく。

今日店の仕事ほとんどやってないな。
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by epsilongstocking | 2011-06-15 19:18

いしのまき。

石巻百景というブログがあって、
私は小学校3年から6年までを宮城の石巻で暮らしたので、
こどもだったころの記憶の世界、
ある種、夢の世界とまみえるようで、
更新を楽しみにしてる。

震災後にたまたま見つけたサイトです。
津波にさらわれた町の風景と、
さらわれずに残った、海を見下ろすちいさな山の風景の、
ところどころに、
こどものころ、
暗くなるまで遊んだ公園や
抜け道を通って行った図書館、
24インチの自転車で駆けぬけた坂道を見つけた。
夢の断片だった風景が、
ずっとそこに存在しつづけていたことに、
本当に驚いて、
泣けてきた。

じつはこの数年、
老後は石巻に住もうかな。
と考えていたのだ。
将来夫を看取ったあと独りで。

私には産土と呼べる場所がないし、
両親が暮らしている仙台には、正直あまり思い入れがない。
というか、中3から大学浪人時代までしか住んでなくて、
ほとんど受験勉強か高校でアホなことやってた記憶しかない。
学校周辺しか記憶がない。
その母校の高校も併合されてこの世から消えた。

ふるさと、という感覚がないなあ、
と思っていたんだけど、
子どもの成長につれてふと、
「兎追いし・・・」の「ふるさと」は石巻だなあ、
と思い至った。
私にもこどもの時はあって、
それは必ずしもいい思い出ばかりではなく、
いじめられたりもしたんだけど。
あのころの身体でしかできなかったこと、
お墓でかくれんぼしたり長い坂道でグリチョコパインをやったり、
人んちの塀を乗り越えて抜け道を通ったり。
今はどうしてもできないんだけど、
あのころは歩きながら本を読んで学校から家までちゃんと帰れたな、
とか、
港の臭いくさかったな、
とか、
あそこのスーパーでお漏らししてまっ青になって友達に内緒で帰ったな、
とか。
小学生だった身体で触れ合った町。
毎日毎日苦しくて楽しくて痛くて悔しくて、だったな。
その記憶の向こう側にある風景に、
私だけの物語たちが沁みこんでいるようで、
その夢のせかいに、
死ぬ前にもどってみたい。
もうあたらしく道を、未知を切り開いていくのはやめて、
むかしの夢の風景にもどって、
夢の住人になってみたい。
その際はぜひとも、近寄りがたいババアになって、
人に噂されながらも好き勝手に暮らしたい。
というようなことを、結構本気で思っていた。

妹は帰省のたびに石巻を訪れていて、
彼女から「駅前はまったく変わった」
と聞いていたので、
あんまり期待しないでおこう、
と思っていたのだけど、
前述の石巻百景で、
私の記憶の風景が現実に在ったし、
いまも在ることを知ったのだった。

これから石巻は否応なく変わる。
私の夢の世界はさらに狭くなるだろう。

でも、あの小さな山が緑豊かに残り続け、
あの山の長い長い階段と錆びた鉄の手すりが残り続けるなら、
やっぱり私は石巻にかえるんじゃないかと思っている。
そこは私がかえるべき場所で、
たぶんふるさとなんだとおもう。
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by epsilongstocking | 2011-06-15 17:10

1日48時間。

シュタイナー関係の柔らかめな本が数冊入荷した。

ゆったりした生活だなあ。
こんなのうち無理。

思うに、一日のうちでやる事をぱんぱんに詰め込んでるのだ。
だからせかせかしちゃってる。
でももう「やりたい事」と「やらなきゃいけない事」で、
やっぱりぱんぱんになってしまう。

1日24時間という設定を解いてみたらどうだろう?
幼稚園やら学校やらは1日24時間を前提にしているから、
こどもたちはそうはいかないが。
大人だけそうしちゃう。

だいたいもともとが、
我が家は食事の時間も形態も毎回まちまちだ。
基本的に台所に立ちたくないので、
立たないように立たないように、
野菜切っただけとか納豆まぜただけとかで済ましている。

食事の習慣てほんとに必要なのか?
というのはかねてからの疑問だ。
ほんとに1日3食である必要ってあるのか?
3度3度食卓に座って食べることにどんな意味があるのか。
私は正直、分からない。
食べたいときに食べたいスタイルで食べるのが好きだ。
フランス映画とかで、
カフェオレボウルを無造作に持って立って飲むシーンとか見ると、
すごく素敵だと思う。
逆に家族みんなが揃って食卓についてご飯をたべるシーンは、
洋の東西問わず
「抑圧」の象徴として感じるのは私だけかなあ。

『オリーブの森で語りあう』
という本があって、
ミヒャエル・エンデと他有名な人が3人で
ユートピアについて語り合うという内容らしいけど
私はその触りの部分しかまだ読んでいない。
でもすてきな本だと思っている。
時間をかけて何度も読むつもりだ。
その中で、
エンデ夫婦は毎日の習慣に囚われずに
一日一日を新しい気持ちで迎えることができる、
といったことが書かれていて、
心にずっと響きつづけている。

朝起きて、
さて、今日はどうして暮らそう、と考える。
もしくは計画をしないで取りあえず起きて散歩に出かける。
計画はなるべく立てない。
そういう一日を過ごすとして、
たぶん何もしないまま夜を迎えるだろうと思う。
そのとき、「ああ~、しまった、もう一日が終わっちゃう。」
と思うのが一番いやだ。
そのとき、「ああ、暗くなったなあ。」
と淡々と受け止めて、ロウソクでも灯して(暖炉といきたいけど。)、
夕食に簡単なものを用意してゆっくりと食べる、
そんで映画を一本観て寝る。
朝、また起きて、その日の朝を感じる。

無為、といえば、無為。
でもこの暮らし方に膨らみをもたせるには、
相当の修行がいるように思う。
私はいまのところぜったい「ああ~、何もせずに一日がああ。」
と頭を抱える人だ。
貧乏症なのだ。
灰色紳士(by「モモ」エンデ)の思考方法だ。
時間を切り張りできると考えているのだ。
この時間をこれに当てて、
その中でこれだけの事をやる、という発想。
時間は区切ったりできるものではないのに、
そいういう錯覚から抜け出せないのだ。
1秒が60回きて1分で、1分が60回で1時間、
1時間が24回を数えてこれが1日。
という思想から抜け出したい。

強制的に抜け出す手段として、
1日を48時間と思うことから出発してみると、どうだろうか。
まずはそこから時間の観念を強制的に狂わせていく。
朝は起きねばならないのではなく、
夜は寝る必要はなく、
食事は3度ではなく・・・。
引きこもりとどこが違うの?
って、引きこもりとは明らかに違うのだ。
つまり、1日を区切っていない事が大事なのだ。
習慣を一切無視する。
朝も昼も夜も決まったことをしない。
引きこもりにも一定の習慣は生じると思うけど、
そういう習慣をどんどん無視して、
思いついたときに思いついたように行動する。
隠居か?ただの隠居か?

でもそれを店をやりながらやっちゃう。
早朝から開いている古本屋。
店主が歯磨きしている古本屋。
たまに風呂に入りに消える店主。
食事をしながら本を仕分けて、
コーヒーを上手に淹れて客にも勧め、
ミシンを出して雑貨づくりをしたりもする。
で、夕方に閉めちゃって、
夏の夕方は家で過ごす古本屋。

儲からんな。
というか、たぶん潰れるな。

というようなことを夢想しつつ、
明日の弁当の算段をしている私。
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by epsilongstocking | 2011-06-12 21:17

頑丈なひと。

日本だけなのか、日本に限らずなのか、
日本の外で暮らしたことがないのでよくわからないけど、
少なくとも日本のいまの社会って、
頑丈な人しか構成員としてカウントしてないんじゃないかと思う。

なんでそういうことを思ったかというと、
そもそも、
どうして「障害者」は一人暮らしできないんだろう、
とか、
どうして「障害者」が家族の内に生まれると大変だ、
てなことになるんだろう。
と常々不思議だったから。

いろんな形のいわゆる「障害」があるけど、
「障害者」というのは、
必ず生まれるものなのだ。
先天的な障害もあれば後天的に病気や事故で障害者になる人もいる。
人間が生きる上で障害や病気を避けて
最期は寝たきりにもならずにポックリ逝くことができるなんて、
ミラクルだ。

どこかの時点でで不自由な体やコントロールのできない心と
付き合いながら生きていくことになる。
生まれた人間のほとんどがそうなる。
そのほうが自然といっていい。

なのに、なんで
人間の頑丈なところを想定して街がつくられ、
仕事が割り振られ、
教育ななされるんだろうか。
もっと人間てデコボコしてるよなあ。

うつ病患者が増えているってのも、
そんなに頑丈な人間ばかりじゃないのに、
頑丈な人間がこなすのと同じ量の仕事を
そこそこな人間がこなそうとするから
おかしなことになっちゃうんだろう。
頑丈な人間=できる人間、になっちゃってる?

そもそも人間はもっと弱くて
もっと不自由な体で、
もっと頭の回転が遅い、
ものなんじゃないのか?
なんで一部の頑丈な人間をスタンダードにして
そこを目指さなきゃいけないのか。

頑丈な人間のほうがマイナーだよなあ。
誰がそれを求めているのか知らないけど、
少なくとも私の子どもにそれを求めるのは
あんまりにも可哀相だからできないな・・・。
人間はロボットじゃないし、
ロボットですら壊れることがあるんだから、
「頑丈なひと」の幻想から
社会が目覚めて、
「障害者」=「どこにでもいる人」
ってみんなが思っている社会のほうが
ギチギチしなくてすてきだと思う。
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by epsilongstocking | 2011-06-08 19:37