古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

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地震の時、ちびっ子2人と家の1階にいた。
うちは古い小さな木造の家で、
「すごく簡単に作られている(うちをリフォームしてくれた大工談)」家らしい。
どどどどど、と縦揺れがきたので、
あ、大きいな、と思って、2人抱えてまずは階段のふもとでしゃがんでみた。
1階は台所とちいさなくつろぎスペースがあるだけで、
天井まで夫と作った棚がある。
常から地震がきたらやべえな、と思っていた。

というわけで階段付近にさっさと移動して様子をみた。
前出の大工さんに、
どこに逃げればいいですかね?
と聞いたら、
階段を指してくれたから。
(倒壊前提の会話)

移動してもまだ縦揺れだ。

むかし寺田寅彦の随筆に関東大震災の事が書かれていて、
「下からつきあげるような衝撃で飛び上がりそうになる」
というような記述をテレビで紹介していたのを思い出して、
まだそれほどではないな、
とは思いつつも、
縦揺れ長いから横もかなりだ、
と判断して2階へ移動。

2階に上がったのは以前これもテレビだけど、
阪神大震災を経験した人が、
地震のときは2階へ逃げると言っていたから。
たしかに2階ならば上には屋根しかないので
倒壊しても助かるかもしれない。

上がったところで横揺れがきた。

ゆっさゆっさ揺れて、
なんかのアトラクションみたいだったけど、
いやこれは遊びじゃないんで。
とりあえず壁に立てかけてあった敷布団を
みんなで被る。
ひたすら祈った。
神様お守り下さい、
お家よがんばれ。

長い長い揺れ。
子ども達が、
「こわーい」
と弱弱しくつぶやく。
パニックになるのを子どもなりに制御しているのかもしれなかった。

余震も続いて、
半時以上布団を被り続けていたら、
長女が布団の中で寝ていた。
まあいいや。

トイレが我慢できなくなって下に降りた。
携帯も忘れていたので探し出して、水やらおやつやら持ってすぐ上がった。

携帯のワンセグでテレビを見て、
はじめて震源が東北であると知る。
実家の仙台に電話したけど
もち通じない
しかし家にいれば多分大丈夫。
鉄骨建築だし、山側だから津波も来ない。
と腹をくくった。

店の夫が心配だったけど、こっちも不通。
本に潰されてなきゃいいけど。

でももうこっから動く事は危ないから
これも腹をくくった。

地震で怖いのは、
倒壊もだけど、ガス漏れとかそれに伴う爆発や火災。
それから電線。
電線落ちてきたら即感電死だ。

余震もあるし、どこにも連絡できないし、
もうやる事ないから
とりあえず余震が落ち着くまで2階で過ごそう。

布団を敷いて長女を寝かし、
ずっとテレビを見ていた。

夫は夕方バイクで帰ってきた。
無事を確認してまた店に戻った。
でも、さすがにお客さんも来なかったとみえて
9時前には帰ってきた。

都心に勤めている妹は深夜にようやく帰宅したそうだ。

両親はいろいろあったが自宅で無事に生活している。
お風呂にも入れないし、
壁に穴があいたり窓が全部外れたり、
食器から何から全部床に落ちてしまったそうだけど、
いまは電気が復活したので何とか暖もとれ、
テレビをみてコーヒー飲んだりしているらしい。
でもガソリンはない。
灯油もそろそろ底をつくだろう。
買い物には4時間並ぶそうだ。

多賀城の友達は家が津波にやられたそうだ。
避難所で家族と再会して、
いまはそこにいるそうだ。

私ができることは何か無いかな。
いま行ってもたぶん邪魔になるだろう。
私は力もないし、車も運転できないし、
医療的な専門知識もないし、
できるといえば片付けくらい。
そんなの被災者だってできるだろう。

言葉で励ますのも好きじゃない。
言葉が人を勇気付けるのなんて、
たまたまじゃねえか、と思っている。

黙って何かしたい。
長い長い復興の時代が、
東北で続くのだ。
私はその時を静かに見極めて、
自分の役目を果たしたい。
忘れない。
阪神大震災も中越地震も忘れない。
東海村も六ヶ所村も祝島も忘れない。
そんで考えたい。
原発に頼るいまの私の生活を。
そこから脱したいならどうするかを。
考えつづけて、
そこは怖れず言葉にしていくつもり。
私は、原発の作った電力を使って生きている。
私のために使う電力を、遠く離れた福島の原発が作っている。
主語を抜かして議論しない。
主語は「私」だ。
チョムスキーから学んだことだけど。
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by epsilongstocking | 2011-03-16 20:43

疲労と涙と呼吸。

日曜市から大分経つのに、
なかなか復活できまてん。
参加された皆さんはそれぞれブログにupしてくださっているのに、
いまだに何もせず、申し訳ありません。

エネルギーが枯渇しているみたい。
こういうことは年に何度かある。

面白いことに、哀しくもないのに涙がボロボロでたりする。
体が緩むために勝手にやっているのだと思う。
疲れすぎると、立っているのもやっとだ。
でもやる事あるから動かなければならず、
のろのろと動く。
そういういとき、気がつくと長いこと息を止めている。

息を止めて動いて、動きを止めて息をして、を、くりかえし、やっとこ事を進めていく。
で、そのうち、ふっと気が緩んだとき、
ボロボロボロっと、あったかい、粒の大きい涙が出る。

ひとしきり泣くと、呼吸が戻っている。
泣くっていうのは、
呼吸を整える効果がある。
だから、泣けたら泣いたほうが体にいいと私は思う。

西欧の文化では、泣く事は恥と思うキライがあるのか、よく知らないけど、
TVで、日本人はよく泣く、泣きすぎ、なんて言われていた。
涙には浄化の作用があるとはよく言われることだけど、
ギリシア悲劇なんか、そういう目的で作られたんだと勝手に思っていた。
当時のギリシア人は泣くのを堪えて観ていたんだろうか。
ずいぶんとマゾヒスティックな発想だけど、
それはそれで快感なのかもしれない。

東洋の文化では、インドのヨガもそうだし、野口整体でも、
合気道とか柔道とか、武道の世界でも、
呼吸を重要視する。(まちがってる??)
呼吸の間で、武道では技が決まったり、生活ではぎっくり腰になっちゃったり、
するのだと、いろんな本に書いてある。

アフリカンダンスでもこのあいだ先生に、
深い呼吸を心がけるように言われた。
アフリカンダンスはシンプルだけど、
動きは激しいし、リズムも速い。
息がどんどんあがってしまうし、重心もどんどん上がってくる。
本当は腰をしっかり落として、
低いところで踊らなければいけない。
息が浅いと、腰も上がって、いい動きにならない。
お腹の下のほうで、深い呼吸をし、
深いところから汗をかく、のが大事なのだそうだ。
納得、納得。
深い呼吸を意識したら、
あんまり辛くなくなってきた。
速い動きも前ほど苦しくない。
もちろんキツイのはキツイけど、
たぶんもうちょっと慣れたら、なんか面白いことになりそうだ。
こうやって、体を解放するのか。
はじめての経験だった。

煮詰まったら泣いたほうがいい。
そういうときは呼吸を忘れているのだ。
体を動かすのも辛い時、
辛いと言って泣けそうなら、泣いたほうがいい。
涙が体を浄化してくれるし、
声を上げて泣いたあとは、呼吸が戻ってくる。
泣くことは、とても体にいいと思う。
溜めて溜めて、気を張り詰めたあと、泣いたらいい。
でもいつまでも泣いてたら、それは逆に体に悪い。
そいういう時もあった。失恋したときとか。
体から水分が無くなるほど泣いたら、
フラフラ立ち上がって、水を飲む。
それからお風呂に入ったり、
軽くなった体で最低限のことだけをして、
あとは布団に体を預けてしまう。

いまは空っぽだけど、
空っぽは気持ちいい。
そのうちまた色んなものがポイポイ入ってくる。
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by epsilongstocking | 2011-03-02 18:13

にじまくら終了

上々堂手作り日曜市
*にじまくら*
無事終了いたしました。

たくさんの人においでいただき、
本当にありがとうございました。

チラシを置いてくださったお店の皆様、
本当にお世話になりました。

そしてご参加くださった皆様、
本当にお疲れ様でした!
ぼんやり屋の主催者をたくさん助けてくださり、
感謝というか、恐縮というか・・・。
ありがとうございました!!

ただいま脱力中です・・・。
2,3日で復活しますので、
また詳細や写真などはその時に。

次回*にじまくら*
4月24日(日)
の予定です。
今回は参加者がさらに増えそうです。
またみなさまに楽しんでいただけるような市にしたいです。

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by epsilongstocking | 2011-03-01 14:18 | 古書上々堂日曜市*にじまくら*