古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

サニー・デイ・サービスと村上春樹。

古書上々堂日曜市
にじまくら
は、
5月27日(日)、
11:00~17:00くらいの予定です。
場所は三鷹の古書上々堂にて!



***

曽我部恵一の「昨日、今日、明日」の、
初版が入荷した。
初版といっても、
とくにめずらしい本ではない。
ちくま文庫にもなっている。
(いつもながらちくま文庫はいい仕事をしてくれる。
できすぎで、憎たらしい。)
しかしこの本は、
ちょっと野暮ったい体の初版本で読むべきだ。
なんて妙にこだわりたくなるような、
いい内容であった。

サニーデイサービス=青春
というくらい、
わたしの、東京で一人暮らしで大学生、
という生活には呪いのように
ぴったりひったりくっついていたバンドだ。
とくに好きってわけでもなかったはずだが、
とにかくサニーデイにかかると
自分の生活、住む街、恋愛、
すべてが彼らに語られているような気にさせられてしまった。
村上春樹の呪いのように。
サニーデイの呪い。

この本では、
うーんやっぱり、
今の自分の生活や、住む街、愛情生活というものが、
すべて語られているような気になってしまうのだった。
そんなはずはないんだけど。
だって、この本はもう15年も前に書かれていて、
書いた曽我部氏はまだ20代で、
今の私はもう30代で子どもがいて恋愛とかなんでしたっけ?
というただのシュフなのにさ。

彼の文章を読んでいると、
村上春樹を読んでいるときと似たような気分に陥る。
つまりは思考するときの言葉遣いが、
彼風になる、ということだ。
憑依されたように。
みんなもそうなんじゃないかと思うんだが。
そこには独特の、
単純なようでよくよく練られたスタイルが傲然と横たわっていて、
どうしたってそれに絡めとられてしまうのだ。
非常に注意深く、よくできた罠のように。

私は詩というものにあんまり親しみがない。
たまに詩集とか歌集を見るけど、
すぐに飽きる。
ついていけなくなるのだ。
寺山修司ですら、
よくわからない。
エキセントリックなのにとても分かりやすい、
かれの短歌ですら、
読んでいるうちについていけなくなる。

それが、
ここでは、
「楽しかった」とか「とても楽しい」とか、
「嬉しい」とか、「心地よい」とか、
そういう感覚的なことがありきたりの言葉で表されていて、
それ以上の説明がない。
なぜ楽しいのか、心地よいのかは説明しているけど、
どんなふうに楽しいのか、心地よいのか、
は、絶対に語らない。
そこは必ずありきたりの言葉にする。
バッサリと空白が残る。

だからこそ、私たちは彼と同じように感じられる。
それ以上つっこんで話しちゃうと
読み手と書き手の感覚は離れてしまう。
つまりは錯覚を誘うってことだけど。
こういうシチュエーション、こういう理由、
で、自分はまあどちらかというとポジティブな気分。
そこを提示してやるだけ。
あとは読み手のご自由に、どーぞ?

そのオープンさが、
やさしく響いて、
わたしたちに染みてくるのかしら。
ちょっと意地悪だな、とも思うのだけど、
その距離感の節度には好感がもてるし、
その諦めは支持できる。

というわけで、
曽我部恵一の曲も文章も、
わたしのこと(これまでのことも、これから可能性も)
を語っているように感じられて
とても楽しくなった。
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by epsilongstocking | 2012-05-03 16:48