古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

ネットはあたらしい社会をつくれるか。

原発都民投票の直接請求署名、
当店までお運びいただいた皆様、
ありがとうございました。
法定数、越しましたね。
ほんとうなら、もっともっと、数が集まってもおかしくないと思うけど、
草の根の限界なのかなぁ。

夫が言っていたので、なるほどな、と思ったのは、
純粋な市民運動だからこそ、
事務の不備があり、
署名は集まりにくく、
活動そのものを知らないひとが沢山いたんだ、
これが、ちゃんとした政治組織が関わっていたら、
あっという間に法定数に達していたよ、
という見方。

そうかも知れない。
事務所に電話しても、整っていない体制が受話器を通して伝わってきたし、
街頭署名は盛んだったけど、
うちの店みたいに路面店で署名できるところを
もっと確保していれば、
おそらくもっと多くの人が署名しようとしたように思う。
というのも、お店にいらした方から、
街頭署名に行ったけど間に合わなくて、
引き上げたあとだった、
という話をよく聞いたのだ。
活動の素人たちの仕事だからこそ、こういう結果になったのだとしたら、
それはそれで、いいのかもしれない。
勝たなきゃならない勝負だったから、
負けていたらこういう話は洒落にもならないけど。
学びは多かった。
都議会はこれからだけど、
すでに石原都知事は「条例はつくらない」なんて言ってのけるし、
道はまだまだ先がある。
でもとりあえず、おつかれさまでした。

先週、近所に住んでいる高校の同級生の家で同級生飲みをやった。
すっごい楽しかった。
MさんKさんありがちょう!

いろんな話ができて、いろんな刺激を受けた中で、
引っかかった話題があったことに、
いま、少し思いついたことがあるので書いておきます。

いわく、震災原発の報道のあり方で、
新聞TVのマスメディアの衰退が
これから加速するだろうということ。
新聞とTVの報道を信じる人がこんなに沢山いる国は日本くらい、
なんて説もあるけど、
これからどんどん新聞ばなれ、TV離れが進むだろうね、
という見解は一致した。

「ちきりんの日記」という、人気ブログがあって、
その記事で、
「変わる」と「替わる」の違いについて書かれていた。
については、こちらをどうぞ。
つまり、そこで私たちが話したことというのは、
新聞離れが進むのではなく、
新聞を読まない世代に入れ替わるだけだね、
ということだった。
私の親は、2紙もとっていて、
新聞とらない私に「それじゃ世の中の動向がつかめないよ」
と本気で心配するんだけど、
私にはいまいちピンとこない。
実家に帰れば新聞は読むけど、
だいたいネットで拾える情報ばかりだし、
軽めのコラムとかローカルのほのぼの情報とかは、
べつに知らなくてもいい。
ニュースで報道される情報は、ネットでは1ページ(?)程度のもので、
それを1日中繰り返し放映しているTVでは、
もう物足りないのだ。

そうやってネットを使って情報処理していくことを覚えた、
私たちはごく初期の世代かもしれない。

飲み会で、友達は
こういう、マスコミによる閉塞的な報道環境は、
ネットの出現によって風穴が開くだろう、
というようなことを言っていた(取り違えてたら言ってね。)
そのとき、私は
それは楽観論だと思うと言った。
マスコミだって、今ほど利権ががんじ絡めではなかった時代は、
もっと反権力的な存在だったこともあるわけで、
それが、権力に利用価値を見出されれば、
こうして新政府のネガティブキャンペーンを張ったりとか、
あることないこと報道したりとか、
あることをないことのように無視したりとかするようになっちゃうのだ。

ニコニコ動画とか2ちゃんねるは、
とても無防備だと思う。
それは良さでもある。
でもその無防備さが、
気がつけばいいように、巧い具合に利用されないとは、
いえないだろう。
だっていまだって、
ネットのクチコミはやらせ多いもんね。
ネット世界でのプロパガンダ研究は進んでいるはずだよ、
と、想像の域をでないけど、
私はネット上での管理社会を予想した。
ネットを信頼しすぎるのは危険だ、と言った。

その日はそこまでで別の話題になっちゃったけど、
それがずっと引っかかっていて、
つまり本当にネットも10年後には言論統制に踏み慣らされてしまうのか、
ということが。

もしかして、SNSというネットワークが、
そうはさせないかもしれない、なんて思い始めている。

もちろんそれは諸刃の剣ではある。

いま、私はツイッターとフェイスブックとミクシーをやっていて、
ツイッターはフェイスブックに反映できるように設定している。
ここでのやりとりは、
結構ちゃんと意見交換になるのだ。
私はこういう見方、私はちがう、
というやりとりが、私の場合はあちこちで出来ている。
ツイッターではそういうつぶやきに共感して相互フォローが進んでいる。
声を上げれば、即つながる。
こんなの、実社会ではまず難しい。
今回の署名活動や、いままでの幼稚園の活動で、
いや、ってほどその思いは強くなった。
まずそういうオカタイ話題はタブーなのだ。
まあもう仕方ないと諦めている。
でもネットでは、こうやってブログを書いたり、
ツイッターでつながって、フェイスブックで長文コメントをやりとりして、
ミクシーで長文メッセージをやりとりして、
そうやっていろんな人と、話題や考えを共有できるのだ。

この仕組みを、私たち自身が、慎重に運用していけば。
あるいは、
いままでみたいな成り行きまかせのイメージ重視の
議論無しの多数決の社会から、
一歩踏み出せるかもしれないな。
と、
楽観的かもしれんけど、
そこしか今のところ賭けるところがないので、
希望を託すことにします。
ただし、自省は常に必要だ。

それにしても、
やっぱり声を上げるって大切だね。
つくづく思います。
誰かが言ってくれるのを待ってる人が沢山いる。
自分がその人になりさえすれば、
事は回り出す。
ネットだけでなく、顔と顔をあわせてのお付き合いでも、
それはいっしょだね。
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by epsilongstocking | 2012-02-12 20:59