古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

東京でおもうこと。

放射能は大丈夫じゃないと思っている。
子どもに影響が出たら嫌だと思っている。
でも、私達はここを動かなかった。
それでよかったとは思わない。
でも、この場所が好きだ。
住んでる西荻も、店をやってる三鷹も好きだし、友達も、東京の人たちも好きだ。
もちろん自分たちの家も自分たちの店も好きだ。
私達にはお金が少ししかない。
借金はないけど、貯金はゼロだ。ほんとにゼロ。
これから家族で移住して、どうやって暮らせるんだろう。
そう思うと動けなかった。

子どもの身体になにかある度に、放射能の影響じゃないかと思ってしまう。
今年初めて、うちの前の舗装されてない道の草取りをしなかった。
毎年腰の高さまで成長するのを、2、3回は刈り取るのに、今年は全く邪魔にならなかったからだ。

レイモンド・ブリッグズの「風が吹くとき」という本は、
核爆弾の爆風を自宅で浴びた夫婦の末路を淡々と描く。
自分達の身に起きた事をまったく知らないまま、
疑問をもたないまま、
夫婦は暮らしをつづけ、そして死ぬ。

この夫婦はいまの自分達なんだと思う。

それでも、動けないと感じでしまう。
なんでなんだ。
移住を思うたびに、
戦争に巻き込まれて死ぬ人や、
チェルノブイリ事故で死ぬ人や、
紛争やゲリラ戦や公害や殺戮で死ぬ人のことを思い出してしまう。
そこには子どもが沢山いる。
私はその人たちを殺した、加害者なんじゃないのか。
そういう思いがどうしても拭えない。
パワーバランスの軋轢の犠牲になった人や場所。
私はその片棒を担いだ巨大権力のハシクレならずとも、
その恩恵を充分に受けて生きてきた。

宿命が、私達をこの東京に置いたんじゃないのか。
そう思うのは、怠慢なんだろうか。
つぎは私達の番、私の子どもの番。
そう思って諦めるのは、悪い母親なんだろうか。

大丈夫だよ、なんて、気安く言わないでほしい。
言わないだろうけど。
なんで避難しないの、なんて言わないでほしいけど、
言ってもらったほうがいいのかな。

私は固まっていますが、
考えてもしょうがない、とは思いません。
でも生きていくしかない、と思ってます。
誰のせいにもしたくない。
誰の影響とも思いたくない。

この先につらい病気が待っていたら、私は泣くかもしれない。
子どもが病気になったら、後悔するかもしれない。
そう思いながら毎日を生きている。
でもいま、私はこの場所で、
誰言われたわけでもなく、自分で選んでこうして暮らしている。
私にはそれしか生きる道が見えない。
悲壮と思いますか?
そうかもしれない。

私は迷いながらも、顔を上げています。
ここで生きています。
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by epsilongstocking | 2011-11-14 21:12