古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

学問と教育。

ちょっと前に大阪の知事が
「教育は本質的に強制だ」みたいなことを呟いていて、
なんかずっとひっかかっていた。

それは教育っつうより躾といった方がわかり易いよな。
躾はたしかに強制であり矯正であると思う。

社会の秩序を維持するためには
人の矯正は必要だし、
為政者にはさらに重要なことなんだろうな。

で、たしか乙武さんがそれに反論していて、
「多様性を認めるのも必要」みたいな事だったようだけど、
ちょっと不確か。

私は乙武さんの意見に一票だ。
支配する側にはよく躾された人員がいいに決まってる。
その社会のルールを熟知して、
一を振ったら十かえってくるような使える兵隊が沢山いたほうが楽だもんね。
でもそれはその社会をあくまでも現状維持か
現状の延長上の将来を望む場合に有効なだけだ。

教育にはいろいろな希望が盛り込まれている。
「躾」はその一つに過ぎない。
いい兵隊が増えて欲しいという希望。
教育の延長にはもうひとつ別の希望があるはずで、
それが学問する人をつくる事だと思う。
読んで字のごとく、「問う」ことが学の本質なんだと思う。

魚住昭と佐藤優の共著に「ナショナリズムという迷宮~ラスプーチンかく語りき」
というのがあって、
その中で「思想」とは何かという事が言われている。
それは=イデオロギーではない。
それは、例えばコーヒーに疑問なく200円払う事だったりする。
というような例え。
「思想」というのは「当たり前」すぎて見えないくらいところに横たわっている。

そういう「当たり前」「常識」「慣習」を
問い直すことが学問で、
問い直しなしに知識の深化はなく、
技術の進歩はなく、
もちろん経済の発展もない。

強制する教育はその「問い」を潰す。
その先にどんな将来があるんだろうな。

だから私は多様性を認める教育が大事だと思う。
絶対的な思想はない。
相対的な思想しかない。
相対っていうのは「絶対じゃない」って事。
シンプルに。

現状維持するんだったら、
今後原発で技術が進歩して原発をうまくコントロールできるようになる、
なんて事も言えないよなあ。
現状のままでいたら、
ずっと福島原発は収束しないだろうし、
高速増殖炉も永遠に完成しないっしょ。

心の中に破壊神を育てろ。
喧嘩上等。
化学反応。
その先に幸せがあるとは限らない。
でも、変わりつづけることが、
生きてることなんだと思う。
死んだ兵隊ばかりの世界で喜ぶのは、誰なんだ?
[PR]
by epsilongstocking | 2011-07-02 22:20