古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

都市とふるぽんにゃ。

石巻在住で、
「本の工房 真羊舎」の日下さんご夫妻のブログ
石巻百景
ツイッタの日下羊一さんのの連続ツイートに触発されて、
わっちもひとつ思っていることをまとめておくざんす。
日下さんのツイートまとめはこっち

復興についてはいろんな人がいろんなことを言って、
例によって声の大きい人か力の強い人の意見が通るんだと思っている。
絶対的な正論なんてないもんね。

私と夫は東京で商売をしていて、
東京以外で商売をしたことがない。
でも夫の実家のある滋賀や、
私の実家のある仙台に行くと、つくづく
この業態は都市を離れてはできないな、
と思う。

勉強不足の私の、勘だけが頼りの考察なので
信用度は低いということを一応お断りいたしますね。

古本屋は、買取がなければ、
つまりお客さんから本をお売りいただけなければ
つぶれる。
つまりは商品が店内を流動しつづけていなければいけない。
常に新しい本が入るからこそ、
お客さんは頻繁に店に足を運んで下さり、
角度を変え置き場所を変え顔つきを変えつづける本と本棚を回遊し、
本とお見合いするのだ。
定番の本もあるにはあるけど、
古本の世界はじつは流行廃りが激しい。
10年前に高値だった本がいまも高値というほうが珍しい。
まあ、老舗の筋金入りの古書店ではなく、
あくまでうちのような中古書店の話ですが。
でも老舗でも買取がなければつぶれるのは同じ。
業者間で取引する市場もあるけど、
入札制度で、町場の本屋に思い切った張り込みは厳しい。
一般に売れる本はみんなが欲しいから、
一般には売れないけど一部には売れる本を扱う業者には
利用しやすいのかもしれない。
よく知らんけど。

ともあれ、買って行かれる本と同じかそれ以上の本が入荷して、
ようやく町場の古本屋は霞食うような暮らしができるのです。
みなさまありがとうございます!
今日も上々堂は元気です!

ということは、買う人と売る人がそれだけいなければ
やっていけないということ。
求める人と手放す人のバランスがとても大事。
ザ・小売、それは古本家業。

でもちいさなカフェ、とか、ちいさなパン屋、とか、
ちいさな雑貨屋、ちいさな洋品店、
とかにも共通するけど、
毎日毎日毎日毎日、同じことだけを繰り返す生活をする人が30人いて、
その人たちだけのために店を開くならまだしも、
それはまずありえないわけで、
多くの人が月に2、3度来店する(これもかなりな頻度だと思うけど。)だけで
その店の家賃を払いバイトさんに給料を払い仕入れ料金を払って、
かつ生活費を稼げるような経営をするとしたら、
ある程度の人口が必要でせう。
コンビニとか八百屋とか生活雑貨屋とかその他専門店とかなら
毎日必要な商品を扱っているんだから
毎日日銭が稼げるけど、
本て、無くても暮らせるからね!
図書館もあるしね!

それにガツガツ稼ぎたいと思ったらガツガツ働かなきゃいかんわけで、
そこそこに暮らせればいいからそこそこに働きたい、
というようなワガママがまかり通るのは、
都市ならではだなあ、と思うのだ。
なんとなく、なんかなあ、って、
ふらふらと街をふらついて、古本屋に寄って、本でも買うかー、
なんて生活を毎日出来る人はすごく少ない。
給料日後の休日を楽しく過ごし、帰りには古本や雑貨を買う、てな一日を、
月に一度の楽しみにしている人のほうがたぶん多い。
それもどうかと思うけども、我が家ももれなくそのクチだ。
(というか月一ペースは無理。)
つまり月一で来てくれるお客さんが1日に50人くらい来店してくださって、
そのうちの半分くらいのお客さんがある程度お買い物してくださって・・・×30日間。
リアルな数だわ。

すてきな雑貨屋にしろ、
趣味的な古本屋にしろ、
ある程度偏りがある小規模販売業は、
ある程度集客の見込める都市に寄生するようにして営まれている。
人口だけでなく、趣味の多様さ、
遊びの感覚に厚みがあるかないか、なんじゃないかと思っている。

てなことを書いていたらまたぱんぱんになっちゃった。

都市と田舎、
それから物流と地産地消、
不動産と動産、
家制度と個人主義、
グローバルとローカルについて、
いろんな対立構造を想定して視点を変えて書いてみたかったのに・・・。

・・・つづく。

今日店の仕事ほとんどやってないな。
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by epsilongstocking | 2011-06-15 19:18