いしのまき。

石巻百景というブログがあって、
私は小学校3年から6年までを宮城の石巻で暮らしたので、
こどもだったころの記憶の世界、
ある種、夢の世界とまみえるようで、
更新を楽しみにしてる。

震災後にたまたま見つけたサイトです。
津波にさらわれた町の風景と、
さらわれずに残った、海を見下ろすちいさな山の風景の、
ところどころに、
こどものころ、
暗くなるまで遊んだ公園や
抜け道を通って行った図書館、
24インチの自転車で駆けぬけた坂道を見つけた。
夢の断片だった風景が、
ずっとそこに存在しつづけていたことに、
本当に驚いて、
泣けてきた。

じつはこの数年、
老後は石巻に住もうかな。
と考えていたのだ。
将来夫を看取ったあと独りで。

私には産土と呼べる場所がないし、
両親が暮らしている仙台には、正直あまり思い入れがない。
というか、中3から大学浪人時代までしか住んでなくて、
ほとんど受験勉強か高校でアホなことやってた記憶しかない。
学校周辺しか記憶がない。
その母校の高校も併合されてこの世から消えた。

ふるさと、という感覚がないなあ、
と思っていたんだけど、
子どもの成長につれてふと、
「兎追いし・・・」の「ふるさと」は石巻だなあ、
と思い至った。
私にもこどもの時はあって、
それは必ずしもいい思い出ばかりではなく、
いじめられたりもしたんだけど。
あのころの身体でしかできなかったこと、
お墓でかくれんぼしたり長い坂道でグリチョコパインをやったり、
人んちの塀を乗り越えて抜け道を通ったり。
今はどうしてもできないんだけど、
あのころは歩きながら本を読んで学校から家までちゃんと帰れたな、
とか、
港の臭いくさかったな、
とか、
あそこのスーパーでお漏らししてまっ青になって友達に内緒で帰ったな、
とか。
小学生だった身体で触れ合った町。
毎日毎日苦しくて楽しくて痛くて悔しくて、だったな。
その記憶の向こう側にある風景に、
私だけの物語たちが沁みこんでいるようで、
その夢のせかいに、
死ぬ前にもどってみたい。
もうあたらしく道を、未知を切り開いていくのはやめて、
むかしの夢の風景にもどって、
夢の住人になってみたい。
その際はぜひとも、近寄りがたいババアになって、
人に噂されながらも好き勝手に暮らしたい。
というようなことを、結構本気で思っていた。

妹は帰省のたびに石巻を訪れていて、
彼女から「駅前はまったく変わった」
と聞いていたので、
あんまり期待しないでおこう、
と思っていたのだけど、
前述の石巻百景で、
私の記憶の風景が現実に在ったし、
いまも在ることを知ったのだった。

これから石巻は否応なく変わる。
私の夢の世界はさらに狭くなるだろう。

でも、あの小さな山が緑豊かに残り続け、
あの山の長い長い階段と錆びた鉄の手すりが残り続けるなら、
やっぱり私は石巻にかえるんじゃないかと思っている。
そこは私がかえるべき場所で、
たぶんふるさとなんだとおもう。
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by epsilongstocking | 2011-06-15 17:10