古本屋女房の本とこどもとしっちゃかめっちゃか


by epsilongstocking

ファンタジーに付き合うということ。

店で文庫の値付けをしていると、
ついついパラパラ斜め読みをしてしまう。

先日も4冊ほど、小説をパラ読みしてしまった。

小池真理子の短編集(タイトル失念)
江國香織「神様のボート」
小川洋子「薬指の標本」
山田太一「恋の姿勢で」

たまたま恋愛モノがかたまってあったのか、
出てくる本みな恋愛小説。
でもそれぞれ、面白かった。

江國香織、じつはちょっと苦手。
話の筋も、文章も、とくにタイトルなんか、
瑞々しくてすてきだけど、
読んでいるとなんとなく、引っかかっちゃう。
話の中に引っ張り出される、外国の作家の名前、画家の名前、
有名らしい菓子屋の名前、
お高そうなレストラン。

そういうものがキラキラと散りばめられていて、
さてどういう人がこういう記号にときめくのかは分からないのだけど、
私には余りにも縁がないので、
さ~、と冷めてしまう。
泥臭いほうが自分には性に合ってると思っているんだからしょうがないけど。
まあ、江國香織はファンタジー作家だな、と思うのだ。
でもきれいすぎて、ごめんなさい、と本を閉じそうになっちゃう。
意地悪だし。なんとなく。
話は面白いしうまいから結局全部読むんだけど。

で、「神様のボート」はそういうのを差し引いても
すごく面白かった。
おとぎ話ですな。
読んでて楽しかった。
江國作品のなかで、たぶんいちばん好きだ(けっこう読んでんじゃん)。

小川洋子は「博士の愛した数式」と「まぶた」くらいしか読んだことなくて、
かわった作家だなー、と思っていた。
フェティッシュというか。
作家の写真見ると癖のない、柔らかな表情をしているのに、
この人のどこにこんな恐ろしい世界が?
って感じ。
正直怖い。
確かにファンタジーなんだけど、でもこっちは江國香織のようにキラキラはしてないし、
説明ないし、ゾーっとする。
平気でそういうの書いてるような穏やかな作家の写真がまたよけい不可解になる。
京極夏彦みたくキメキメで写ってたらまだ違うと思うんだが。
で、「薬指の標本」もそういう感じなんだけど、
これはなんか良かった。
「まぶた」はかなり怖かったけど、
これはみんなちゃんと自分の足で立ってるというか、
登場人物が、自分を自分で決めてる感じがして。
ほっとする。
映画にもなってるとかで、ちょっと公式サイトを覗いてみたけど、
これもかなり良さそう。
主人公のひとりである男役の俳優が、かなりいい。
空気を揺らめかせるような演技というか。
ちら、と見ただけだけど。
フランス映画なんだが。
こういうフランス映画とか苦手だったけど、最近面白く観れるようになった。
不感症になったのかなあ。

で、いちばん面白かったのが、
山田太一の「恋の姿勢で」。
山田太一初めて読んだ。
この人ほんとに男ー!?
もちろん男女の恋愛小説なんだけど、
女の立場で書かれていて、
この女の心情とか、心の中でのつぶやきとか、
これ私か!?
と思うくらい、すとんとくる。
テンポもいいし、
何より主人公の男女ふたりのことを、好きにならずにいられない。
好もしくかかれているけど、
いやー、ねぇ?って、引くほど良くも書かれていない。
ここらへんが江國香織との違いだな。
会話のテンポが良くて、読んでて気持ちいい。
リズムを感じるというか。

他は全部斜め読みしたんだけど、
これだけはまっちゃって、1頁1頁ちゃんと繰って読んじゃった。
こういう経験は久しぶりだ。
昔は大事に大事に読んでたけど、
いまはそういうこと面倒くさくてできない。

立花隆が「ぼくはこんな本を読んできた」で書いてたけど、
大学時代くらいまでは、小説にしろ古典文学にしろ、
片っ端からフィクションを読んでいたのだそうだ。
それが、仕事を始めてから、パタ、と興味が無くなった。
ノンフィクションとか、学術書とか、現実とリンクしているものばかり読んでいて、
いまもそれが変わらない。

これ、わかるのだ。
(まあわたしの読書量なんてこの人が小学生のときに読んだくらいのものだろうが)
フィクションに付き合えなくなっているのだ。
なんでかなー。

フィクションの世界に浸りきることが、
時間の無駄のように思えて、
つい敬遠してしまう。
フィクションというか、ファンタジーには、
浸りきって楽しんでおしまい、
というだけでは済まされないような哲学的な示唆に富んだものが沢山あることは
エンデを読んだりするだけでもよく分かるのだけど。

うーむ。
灰色紳士(ミヒャエル・エンデ『モモ』)にそそのかされたのだろうか。

最近しかし、またフィクションに付き合う気が起きはじめている。
ファンタジーは、現実とは距離を置いているが、
それとじっくり向き合うと、
今度は現実のほうがファンタジーの影響を受け始める。
そういうことは、こどものころは自然に行っていたことだけど、
年を取って、軽視するようになったのだ。
現実は現実として生きねばならんぞ、とね。

でもそうやって生きた現実の生き方は、
この数年、いいものではなかったような気がしてならん。

ちょっとまとまらなくなってきたけど。
オトナにとって、ファンタジーは、とても大切なことらしい。
そんなこと、多くの人が言っているけど、
わたしにとって、ファンタジーは、どうも大切なことらしい。
ということに気づくことはまた別の話なのだ。
[PR]
by epsilongstocking | 2011-02-19 17:41